MEDICT では、医療情報学・医療 DX 領域の一次文献を読み、要点と限界を整理してご紹介しています。
前回は米国の無作為化比較試験を取り上げ、アンビエント AI スクライブ(診察の音声から自動でカルテ下書きを作る仕組み)が記録時間を減らすかどうかを見ました。今回はその続きで、実際に導入された現場でどう使われているかを捉えた英国の調査です。
ℹ️ 用語について — 本シリーズでは、正式には アンビエント AI スクライブ と呼び、 以降は短く AI スクライブ と表記します。今回の原著論文も “AI scribes” の語を用いており、 同じものを指しています。仕組みの詳しい説明は 前回の記事 をご覧ください。
「効くか」と「使われるか」は別の問いです。前回の試験でも、割り当てられた医師の約 15% がツールを一度も使いませんでした。その先に何が起きているかを、この調査は示しています。
取り上げる論文
| 題名 | Use of AI scribes in UK primary care: a survey of general practitioners |
| 著者 | Derksen C, Yekezare M, Round T, Scott SE, Walter FM |
| 掲載 | npj Digital Medicine(2026年5月16日) |
| DOI | 10.1038/s41746-026-02762-8 |
全文は PubMed Central(PMC13433917) で公開されています。
どんな調査か
英国の一般開業医(GP)598 人を対象とした、オンラインの横断調査です。実施は 2025年9月11日から10月7日。医療市場調査会社を通じて回答者を募集しています。
無作為化試験ではないため、因果関係は言えません。分かるのは「その時点で、どういう人が、どう使っていたか」です。
結果 — 「やめた人」が2割強いる
いちばん目を引くのは、利用状況の内訳です。
| 状態 | 割合 |
|---|---|
| 現在使っている | 40%(240人) |
| 過去に使っていたが、やめた | 23%(136人) |
| 使ったことがない | 37%(222人) |
一度使い始めた人のうち、およそ4割近くが離脱している計算になります。
導入の議論は「入れるか、入れないか」に集まりがちですが、この調査が映しているのはその次の段階です。入れた後に定着するかどうかが、実際には成否を分けています。
使っている人も、全部では使っていない
現在の利用者に限っても、使用しているのは平均で全診療の 60% でした(標準偏差 26.8、範囲 5〜100%)。
5% しか使っていない医師もいれば、100% の医師もいるという幅の広さです。平均値だけを見ると、この分布は見えません。
前回の米国の試験でも、使用率は DAX 33.5% / Nabla 29.5% でした。「導入=全診療で使用」ではないという点は、両方の研究に共通しています。
電子カルテへの統合は約半分
現在の利用者のうち、電子カルテ等のシステムに統合済みなのは 55%(131人)でした。
裏を返せば、残りの約半数は別画面で運用しています。生成された文章を手作業でカルテへ移す運用になっている可能性があり、「記録時間が減る」という期待が目減りしやすい構成です。
システム統合の有無は、導入検討時に見落とされがちですが、効果の大きさを左右する条件として押さえておく価値があります。
使っているのはどういう医師か
利用と関連していた要因(調整前のロジスティック回帰)です。
| 要因 | オッズ比 |
|---|---|
| 指導医(GP trainer) | 3.10 |
| 自費診療に定期的に従事 | 2.88 |
| 週5〜6セッション(半日単位)の診療 | 2.17 |
| GP 経験 6〜15年 | 1.68 |
| 男性医師 | 1.64 |
⚠️ 調整前の値であり、これらの要因は互いに絡んでいます。「男性だから使う」といった単純な読み方はできません。
そのうえで示唆的なのは、指導医と自費診療従事者で高いことです。新しい道具を試す立場にある人、あるいは導入判断の裁量を持つ人ほど使っている、という解釈が成り立ちます。
著者が挙げた限界
- 自己報告による調査であり、実際の使用パターンを客観的に測定していない
- 市場調査会社を通じた募集のため、45歳未満・男性・黒人の医師が英国の医師人口と比べて過剰に代表されている
- 一部地域で回帰分析に使えるデータが揃わなかった
- 自由記述への短い回答に限られ、定性的な分析の深さに制約がある
- この分野は変化が速く、調査時点の断面にすぎない
最後の点は、この種の調査を読むときに常について回ります。2025年秋の英国の姿であり、今の日本ではありません。
日本の医療機関にとっての読みどころ
英国の GP 制度は日本の外来と前提が異なります。そのまま当てはめられる調査ではありません。
そのうえで、導入を検討する立場から持ち帰れる論点を3つ挙げます。
① 評価するなら「継続率」も見る
現在利用者 40% という数字だけを見ると普及しているように読めますが、やめた人が 23% いることまで含めて初めて実態が分かります。試験導入するなら、開始時点の満足度ではなく、3か月後・6か月後に使われているかを見るべきです。
② 電子カルテへの統合を条件に入れる
統合されていない運用が約半数ありました。「使える」と「業務に組み込める」は別です。製品比較の際、統合の可否と深さは価格と同じ重みで確認する価値があります。
③ 全診療で使う前提を置かない
平均 6 割、下は 5% という分布でした。どの診療で使い、どこでは使わないのかは現場が決めます。効果を見積もるときは、その現実的な使用率を前提に置くほうが、後の落差が小さくなります。
MEDICT について
MEDICT は、大学病院の医療情報部・県立病院の電子カルテ統括などに携わってきたメンバーで構成し、医療機関のデータ活用と業務改善をご支援しています。
製品選定のセカンドオピニオン、要件定義・RFP 作成の支援も承っています。
ℹ️ 本記事は原著論文を読んだうえで、要点と限界を当社の言葉で整理したものです。 本文・図表の転載は行っていません。正確な内容は原著(DOI: 10.1038/s41746-026-02762-8)をご参照ください。 特定の製品を推奨・非推奨するものではありません。